ブックタイトルメカトロニクス11月号2019年

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メカトロニクス11月号2019年

50 MECHATRONICS 2019.11   日本の産業構造の変化にともなう電子機器分野の話題商品を追う第17回 <垂直統合と水平分業 ?>連載  話題商品を製造するのに生産方式の違いがあることについて解説する。1 社で全てを生産する一貫方式の生産を“垂直統合生産”と言い、分担して生産するのを“ 水平分業生産”(あるいは“ 垂直分裂生産”)とも言われる。今回は、その生産方式の違いについて紹介する。1. 垂直統合生産 家電製品を生産するのにテレビを例にとって説明すると、日本は白黒テレビを生産する時期から一貫して生産する体制が確立されていた。白黒テレビの重要な部品は“ブラウン管”、“チューナー”、“ 偏向ヨーク”、“プリント配線板” 等であった。 NHK東京テレビ局が開局して本放送を開始したのが、1953 年2月のことである。この放送に先立ち、日本初のテレビを商品化したのは、早川電機工業(現 シャープ)であった。基本特許をもつ米国のRCAから技術導入して、1953 年2 月に白黒テレビを発売した。1) 当時、家電製品の中で、一番脚光を浴びたのは「テレビ」であった。一家団欒の娯楽として1950年代に登場したテレビは、エレクトロニクス業界では重要な製品であった。1960 年代になって急増する需要に応えるべく企業は対応した。 そして、テレビとブラウン管を一緒に生産した会社が表1に示すように6 社、テレビまたはブラウン管のどちらかを生産した会社が5 社、1950 年代に日本に存在していた。2) 日本の大手電機メーカーは、設計から開発し、自社で生産し、基幹部品は社内あるいは関連会社で開発・生産するのが通例であった。基幹部品こそが製特定非営利活動法人 日本環境技術推進機構 青木 正光品の機能を支える根幹であり、その善し悪しが製品の出来を左右するとの認識のもとで実施されていた。 テレビには、“ブラウン管”、“チューナー”、“ 偏向ヨーク”、“プリント配線板”、“ 筐体”などが使用され、大手電機メーカーでは中枢となるものは全て自社または関連会社で生産していた。 白黒テレビからカラーテレビに移行したことによって、ブラウン管と偏向ヨークは相互に調整を繰り返しながら色ムラや色ズレのないように設計する手法であった。白黒テレビでは余り問題でなかったが、カラーテレビになってから、色んな調整が必要となった。ブラウン管と偏向ヨークを調整しながら、さらに回路で微調整も必要であった。部品を搭載するプリント配線板も社内で生産していた。 東芝の例をあげると、東芝小向工場内に主にテレビ向けに生産する片面プリント配線板を製造するラインが1958 年に導入された。しかも、1×1m の銅張積層板をそのまま使用して加工するラインであった。このような大型のラインは世界の中でも小向工場のみであった。3) 当時、急増するカラーテレビの需要を賄うために、大型サイズで大量に生産する方式が採用された。銅張積層板においても、東芝千鳥町工場に1×2mサイズが成形できるIHI 製の大型20 段のプレスが導入され、積層板も製造するために150kg/cm2の高圧成形ができるように能力は4300トンもあった。1968 年に導入され、銅張積層板の多段プレスでは当時、日本一の能力であった。このようにプリント配線板用材料から一貫して生産し、しかも生産性を高めるために大型サイズであった。プリント配線板も基幹部品の一つとしてとらえ、大型投資して対応した。 基幹部品は、テレビ以外で例えると、冷蔵庫やエアコンであればコンプレッサが、薄型テレビでは液晶パネルが、それぞれ基幹部品であった。 各メーカーは、この基幹部品を中枢の重要部品として生産していた。大手電機メーカーは総合力を活かし基幹部品を作っていた。つまり、「垂直統合(VerticalIntegration)」の生産方式であったと言え、多くの日本の家電メーカーで実施された生産方式であった。当時は、垂直統合生産が当たり前のように実施されていた(図1)。 この生産方式は、一貫生産なので社内にモノ作りのノウハウが蓄積される長所があるものの、肥大化して部門間のコミュニケーション不足によるミスマッチが起こるなどの弊害が生じるという欠点が指摘されるようにもなった。特に大企業になる程、そのような弊害が生じた。2. 水平分業生産 米国では、設計は自社で実施するものの生産は専門の会社に委託する生産方式が始まった。1980年代までは、生産委託を受けた企業を受託製造サービス(CM:Contract Manufacturing Services)と呼ばれていた。あるいはサブコントラクター(SubContractor)から由来したため、“サブコン”とも言われて生産の一部を担う形で進展した(図2)。この言葉は工事関係で使用され始めた。 下請業者は表現が良くないことから、エレクトロニクス業界では“協力会社”が使用されるようになり、協力会社の活用によるタイムリーな生産立ち上げが可能となった。協力会社は、ほぼ系列化されて運営されていた。 最終製品を販売する複数の企業から電子機器の生産を受託するサービスのことで、ElectronicsManufacuturing Services の略を使って“EMS”と言われる。 EMSは、電子機器の製造や設計を担うサービスのことである。受託製造サービス企業の中からEMS企業が育っていった。1980年代から1990年代にかけて、北米でのパソコンメーカーの合理化などで市場が拡大して、Foxconn、Flextronics(Solectron)、Sanmina、Celestica、Jabil などのEMSが急成長した背景があり、パソコンのみならずタブレット端末、携帯電話/スマホなどの生産にも広がっていった。 世界最大手は鴻海精密工業(英語名 Foxconn)で、生産規模から圧倒的な競争力を生み出しているEMSメーカーの一つでもある。 当時の受託製造サービス企業は、基板の組立てが主体であった。顧客である電子機器メーカー(日本ではセットメーカーと呼称される)の発注に応じて部品を実装した基板を製造するもので、新しい実装技術を開発するのは電子機器メーカーであり、受託製造サービス企業は技術開発の担い手ではなかった。 現在のEMS企業は、手掛ける領域が大きく広がっている。量産の基板に部品などを実装することは変わらないものの、量産前試作、基板設計、筐体設計、電子部品調達なども請け負っている形へと変会社名テレビブラウン管備考松下電器● 〇東京芝浦電気● 〇現 東芝三菱電機● 〇日立製作所● 〇日本コロンビア● 〇現 コロンビアデジタルメディア日本電気● 〇三洋電機●早川電機工業● 現 シャープ八欧● ゼネラル、富士通ゼネラル日本ビクター●神戸工業〇富士通テン→デンソーテン出 典丸川知男、“” 現代中国の産業” p47 中公新書(2007)ISBN978-4-12-101897-7表1 1950年代の日本の主要テレビメーカーとブラウン管メーカー