スマホの未来を支える圧電材料の開発

スマートフォンの未来を支える周波数フィルター用の圧電薄膜の電気機械結合係数の向上とメカニズムの解明

発表のポイント

  • スマートフォン向けフィルターの通過帯域を広くするため、大きな電気機械結合係数を持つ圧電材料の開発が盛んに行われてきた。
  • 窒化アルミニウム圧電薄膜にイッテルビウムを添加することで、電気機械結合係数が最大約1.4倍に増加することを実験で確認。
  • イッテルビウムをウルツ鉱型窒化アルミニウム中に置換する際に、ランダムに配置するのではなく、チェーン状の構造が形成される状態がエネルギー的に安定することを解明。
  • WITHコロナ社会で重要な大容量通信に向けた周波数フィルターへの応用やIoT社会に必要とされる多くのセンサー、弾性波デバイスへの応用も期待される。

発表の概要

 早稲田大学理工学術院 先進理工研究科の柳谷隆彦准教授と国際理工学センターの賈軍軍准教授は、スマートフォン向けの周波数フィルター※1(BAWフィルター※2)に実用化されている窒化アルミニウム(AlN)圧電薄膜材料にイッテルビウム(Yb)を添加することで、AlN圧電薄膜の電気機械結合係数※3が最大約1.4倍増加することを発見しました。さらに、理論計算により電気機械結合係数の向上に関するメカニズムを解明し、新規圧電材料の探索に有用な指針を示しました。

 今後、広帯域のBAWフィルターに応用するなど、大容量データ通信が重要なWITHコロナ社会に貢献することが期待されます。

 この研究成果は、アメリカ物理学会の学術誌「Physical Review Applied」オンライン版に、10月8日付で公開されました。

【論文情報】
・掲載誌:Physical Review Applied
・論文名:Origin of Enhanced Electromechanical Coupling in (Yb,Al)N Nitride Alloys
・DOI: 10.1103/PhysRevApplied.16.044009

発表の内容

Ⅰ.これまでの研究で分かっていたこと

 現在、スマートフォンには数々の無線周波数から欲しい周波数帯を送受信するためのフィルターが搭載されています。数GHz帯ではそれぞれの通信チャネル帯域がひっ迫して並んでおり、一般的なインダクタンスとコンデンサ素子を組みわせたLCフィルターでは、Q値(フィルタの鋭さ)が足りず混信してしまいます。そこで、電気共振より、機械共振の方が高いQ値を持つため、スマートフォンでは弾性波※4を使ったフィルターが採用されています。フィルターには機械共振を電気共振として取り出すために、圧電材料※5が使われます。圧電材料の電気機械結合係数が大きいほど、フィルターの通過帯域を広く、挿入損失も低くできるため、大きな電気機械結合係数を持つ圧電材料の開発が盛んに行われてきました。

Ⅱ.今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 本研究では、共振器の高Q化とフィルターの低損失化を目指して、AlN圧電薄膜の開発に取り組んできました。今回、AlN圧電薄膜にYbを添加することで、電気機械結合係数が約1.4倍増加することを実験的に確認できました。第一原理計算によるシミュレーションでは、実験で得られた薄膜の格子定数や音速などを高精度に再現しました。計算結果に基づいて、これまで分かっていないAlN中に異種元素の配置構造を解明しました。具体的には、Ybをウルツ鉱型※6AIN中に置換する際に、ランダムに配置するのではなく、c軸方向にYb-N-Ybのようなチェーン状の構造が形成される状態がエネルギー的に安定であることが初めて分かりました。さらに実験結果と計算結果を比較することで、Yb添加によるAlN圧電薄膜の電気機械結合係数の向上に関する2つ主要なメカニズムを解明しました。即ち、1)イオンサイズが大きいYb元素を添加することによりAlN構造内部に局所的なひずみを生じ、圧電係数を向上し、2)c軸方向にYb-N-Yb構造を形成することが、AlN圧電薄膜のソフト化に寄与することが明らかになりました。

Ⅲ.そのために新しく開発した手法

 Yb添加AlNの弾性定数や圧電定数などの物理定数を正確に計算するためには、まず「Yb元素をウルツ鉱型AlN構造中にどのように配置するか」という課題があります。これまで多くの研究では、Special Quasirandom Structure (SQS) モデル※7を用いて、理想的なランダム固溶体の構造を模擬してから物理定数が計算されてきました。本研究では、理想的なランダム固溶体の構造を使用せず、Ybがウルツ鉱型AlN構造中のAlを置換する際に、Yb-Yb間の相互作用を計算し、より化学的に安定な構造を構築しました。その後、電気機械結合係数に関わる弾性定数や圧電定数の計算を行いました。

図1
(a) YbをAlN中に添加することによる生じた電子密度の変化。黄色は電子密度の増加を示し、水色は 電子密度の減少を表している。青:Ybイオン、紫:Alイオン、褐:Nイオン
(b) 圧力をかけた際に、図(a)に囲んだYbとYb間の相互作用を表している。マイナスの値はYb-Yb 間に引力の存在を表し、正の値は斥力の存在を意味している。

.研究の波及効果や社会的影響

 スマートフォン向けの周波数フィルターは、1つあたりの値段が数十円程度と高く、微小電子機械システム部品(MEMS)の中でも、大きな市場を形成しています。国際ローミングや5Gの立ち上げにより、スマートフォン内のフィルターの数は、増加の一途を辿っています。今回のYb添加窒化アルミニウム圧電薄膜では、実用化されているスカンジウム(Sc)添加のものに比べて低濃度(Alに対するYb濃度10%程度)で、電気機械結合係数を9%程度にまで増幅させることができます。理論計算を用いた新しい圧電材料探索に対しても、有用な指針を示しており、今後のBAWフィルター応用や新材料発見に貢献すると考えられます。また、RFエネルギーハーベスティングの高効率化を実現する要素技術としても注目を集めることが期待されます。

Ⅴ.研究者のコメント

 これまで、圧電性の向上を目指して、理論化学計算上では、AlN圧電薄膜に対する様々な元素ドーピングが多数報告されています。しかしながら、その中でも明確に実験的に電気機械結合係数の増幅が確認されているものは、実用化されているSc添加をはじめ、MgZr系やMgNb系など数少ないのが実情です。また、これらはすべてメイドインジャパンの材料であるにも関わらず、欧米メーカにより実用化されています。今後は、今回のように実験と計算を緊密に連携することにより、新しい材料を開拓し、BAWフィルターの応用が展開されるよう尽力したいと思います。

Ⅵ.用語解説

※1 周波数フィルター

様々な種類の電波信号の中から、不要な電波を除去し、必要な周波数を持つ電波のみを取り出す電気部品です。スマートフォンなどの無線通信の基幹部品の1つです。

※2 BAWフィルター

周波数フィルターの中でも、従来のSAW(弾性表面波)を使ったものではなく、BAW(バルク弾性波)を使ったフィルターです。SAWに比べて耐電力性とQ値が高い特長を持ちます。主に窒化アルミニウム系の圧電薄膜が使われており、Scが添加されたものも実用化されています。

※3 電気機械結合係数

圧電効果の大きさを表わす量の1つです。BAWフィルターにおいて、圧電材料の電気機械結合係数が大きいほど通過帯域を広くになり、挿入損失も低くなります。

※4 弾性波

固体中を伝搬する音波です。周波数フィルターに使われる音波は、GHz帯の非常に高周波の超音波です。

※5 圧電材料

電波が入力されると弾性波を発生する(また逆に弾性波が入力されると電波を発生する)性質を持つ材料です。

※6 ウルツ鉱型構造

陽イオンと陰イオンの化学量論比が1:1の化合物の結晶構造のひとつです。陰イオンが六方最密充填で、その4配位空間の半分に陽イオンが存在する構造です。

※7 Special Quasirandom Structure (SQS) モデル

原子がランダムに配置した系において、動径分布関数を最も正確に近似するようにデザインされた擬似的モデル構造です。

Ⅶ.論文情報

掲載誌:Physical Review Applied DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.16.044009
論文名:“Origin of Enhanced Electromechanical Coupling in (Yb,Al)N Nitride Alloys”
執筆者名(所属機関名):賈 軍軍(早稲田大学理工学術院・国際理工学センター)、柳谷 隆彦(早稲田大学理工学術院・先進理工研究科)

Ⅷ.研究助成

研究支援名:JST CREST, Grant No. JPMJCR20Q1
研究課題名:スーパースティープトランジスタによるレクテナと圧電トランスの融合によるRFエネルギーハーベスティング技術の実用化
研究代表者名(所属機関名):石橋孝一郎(国立大学法人 電気通信大学)

本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CREST「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」領域、日本学術振興会 科学研究費、基盤研究C「No. 20K05368」の一環として行われました。

 

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