革新的な極性金属を発見!電子のスピンと運動がロックした状態の制御に成功

革新的な極性金属を発見!電子のスピンと運動がロックした状態の制御に成功

基礎研究から新しいデバイス応用へ

2021-5-14自然科学系
理学研究科准教授酒井英明

研究成果のポイント

  • 構成元素の置き換えにより、スピンと運動量がロックした電子状態を制御できる金属を発見
  • 通常の金属では、電子のスピンと運動量は無関係であるが、極性を持つ特殊な金属では、電子の運動方向に依存してスピンの向きが決まるロック状態が実現する
  • 従来物質ではロック状態の制御は困難であったが、今回の物質では微小な結晶歪みを変化させることによりその制御が可能に
  • 高速動作可能な相対論的電子でロック状態を実現できているため、革新的デバイス応用に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の酒井英明准教授(研究当時:JSTさきがけ研究者兼任)、同大学院生の近藤雅起さん(博士課程後期)、黒木和彦教授、花咲徳亮教授らの研究グループは、東北大学大学院理学研究科の松原正和准教授、東京大学物性研究所の徳永将史准教授らの研究グループとの共同研究において、空間反転対称性の破れた結晶の中で実現する電子のスピンと運動量がロックした状態を、構成元素を変化させることで制御できる金属物質を発見しました。この物質は、ビスマスやアンチモンの二次元伝導層とマンガンなどからなる絶縁層が積層した物質で、二次元伝導層が正方形からジグザグ構造にわずかに歪むことで、空間反転対称性の破れた極性構造となることが実験的に明らかになりました(図1a,b,c)。この歪みはわずか0.1〜1%程度ですが、伝導を担う電子のスピンと運動量が完全にロックした状態を実現しています(図1d)。

空間反転対称性の破れは、主に強誘電体や圧電体などの絶縁体の物性において、その重要性が知られてきました。一方、空間反転対称性が破れた金属も、電子のスピンと運動量のロックに起因する従来にない伝導現象や光学現象が見いだされ、近年注目を集めています。これまで、二硫化モリブデン単層薄膜などが典型物質として知られていましたが、ロックされるスピンと運動量の関係は、その特殊な結晶構造で決まっており、多彩なロック状態を実現することは不可能とされてきました。

今回、本研究グループが見いだした層状の金属物質では、スピンと運動量のロック状態が微小な結晶歪みにより実現されているため、人工的に制御することができます。実際、構成元素の一つであるアンチモンをビスマスで置き換えた結果、歪みが約1/10に減少し、スピンと運動量のロック状態が大幅に変化することを理論と実験の両面から解明しました(図2)。この特性を活かすことで、スピンと運動量のロック状態の最適化が可能となるため、将来のデバイス応用に有用な物質として期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Communications Materials」に、5月14日(金)18時(日本時間)に公開されました。

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図1. (a) BaMnX2 (X=Bi, Sb) の結晶構造。二次元伝導層をハイライト。(b)面直方向から見た伝導層。面内方向に極性を持つ。(c) 単結晶の偏光顕微鏡像。偏光の違いにより極性ドメインが観測される。(d) スピンと運動量(バレー)がロックした状態の概念図。スピンの向きが、バレーの位置に依存して固定される。

研究の背景と内容

金属や半導体中の電子は、ある特定の運動量を持つ状態のエネルギーが低くなり、電子バレー(谷)を形成しています。通常の系では、このバレー内の電子は上向き、下向き両方のスピンを持ちますが、空間反転対称性の破れた系では、スピン軌道相互作用という物質中の相対論的効果により、バレー内の電子スピンの向きをすべて揃えることが可能となります。さらに、スピンの向きはバレーの運動量空間での位置により変化するため、スピンと運動量のロック(スピン・バレー結合)が実現します。具体的には、図1dにおいて、右半分に位置するバレーではスピンが上向き(赤色)に、左半分に位置するバレーではスピンが下向き(青色)にロックされていることがわかります。近年、空間反転対称性の破れた二硫化モリブデン単層薄膜やその関連物質では、このスピン・バレー結合に起因した様々な新しい電気伝導や光学応答が見いだされ、注目を集めています。これらの特異な物性のメカニズムには、電子のバレー間の散乱やバレー内の遷移が関与するため、効果の巨大化にはスピンの向きとバレーの配置が重要となります。しかし既存物質では、バレーの位置は蜂の巣型の結晶構造を反映した配置に限定されていました。このため多彩なスピン・バレー状態は実現できず、物性に合わせた設計や最適化を行うことは困難でした。

本研究グループでは、ビスマスやアンチモンの二次元伝導層を有するBaMnX2 (X=ビスマス、アンチモン)というバルク層状物質において、X元素の二次元ネットワークが正方形からわずかに歪むことで、空間反転対称性が破れた極性状態となることを、放射光エックス線回折非線形光学効果の測定により初めて解明しました。さらに、極性を生み出す結晶歪みの大きさがX元素の種類に依存して一桁程度変化(X=ビスマスの結晶歪みは、X=アンチモンの約1/10に減少)する結果、電子のスピン・バレー結合状態も大幅に変化することが明らかとなりました(図2)。このことは、50テスラ以上の高磁場下での電気抵抗測定において、電子バレーの状態を反映した量子振動現象の変化を捉えることにより、実験的にも実証されました。

もう一つ特筆すべき点は、本物質で電気・熱輸送を担う電子は、相対論的な運動方程式に従うディラック電子と呼ばれる状態であることです(図1d)。ディラック電子は非常に高い易動度など、通常の電子では実現できない伝導現象を示します。今回観測された量子振動現象では、以上のようなスピン・バレー結合の特性に加え、ディラック電子の特性も顕著に現れていることがわかりました。今後は、両特性が共存する特徴を活かし、新奇物性の開拓も期待されます。

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図2. X元素に依存した極性結晶歪みの大きさ(上)とスピン・バレー結合状態(下)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、スピン・バレー結合を微小な極性結晶歪みにより制御できる金属物質が発見されました。特に歪みのサイズに敏感な特徴により、今後のデバイス応用において、優れた設計性や制御性を実現できると期待され、今回のスピン・バレー制御法はその基盤技術となり得ます。また本物質には、機械的刺激を利用した新しいエレクトロニクスデバイスなどへの応用も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年5月14日(金)18時(日本時間)に英国科学誌「Communications Materials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Tunable spin-valley coupling in layered polar Dirac metals”
著者名:M. Kondo, M. Ochi, T. Kojima, R. Kurihara, D. Sekine, M. Matsubara, A. Miyake, M. Tokunaga, K. Kuroki, H. Murakawa, H. Hanasaki, and H. Sakai

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR16R2)の一環として行われ、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(19H01851, 19K21851, 19H05173, 21H00147, 17H04844, 21H04649 and 18H04226)と岩谷直治記念財団の助成を受けて行われました。

参考URL

酒井英明准教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/6c769242c7e213b7.html

SDGs目標

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用語説明

空間反転対称性

原子の位置座標の符号を変化させる操作を施して、元の結晶構造と一致しない場合、空間反転対称性が破れている、と言います。

極性構造

電気的な分極を有する構造のこと。絶縁体としては、強誘電体が極性構造を持つ典型例です。

放射光エックス線回折

放射光施設から発生する、エネルギーや輝度が非常に高いエックス線を利用した回折測定のことで、精密な結晶構造解析が可能となります。

非線形光学効果

入射光の電場の二乗や三乗に比例する光が発生する現象のことです。空間反転対称性が破れた系では、光第二次高調波発生が許容となり、その検出を行うことで物質の空間反転対称性の有無を調べることが可能となります。

量子振動現象

磁場を印加すると、バレーの中の電子が回転運動を行うことにより量子化され、様々な物理量に磁場の逆数が一定周期となる振動現象が現れます。この量子振動の周期がバレーの運動量空間でのサイズに対応するため、振動特性を解析することでバレー構造の詳細を解明できます。

易動度

固体中の伝導電子(または正孔)の動きやすさを表す指標。この値が高いほど、デバイスの高速動作が可能となります。ディラック電子状態は不純物や格子欠陥に散乱されにくいため、高い易動度を持つ傾向があります。