ブックタイトル実装技術3月号2016年特別編集版

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概要

実装技術3月号2016年特別編集版

44 九州を訪問する機会を得たので、北九州市を訪問して環境対応の実態の取材を試み、その変貌ぶりを確かめてきた。 以下にその取材結果を報告する。1. 北九州工業地帯 1世紀にわたる産業都市として発展した町として「北九州市」がある。JR鹿児島本線の小倉駅を過ぎると戸畑駅が近づいてくる。若松と戸畑を繋いだ若戸大橋を遠望しながら戸畑駅を過ぎると、八幡駅の手前の駅がスペースワールド駅となる。ここは、鉄鋼の町として栄えた場所でもある。 新日本製鐵八幡製鐵所遊休地を活用して、今はスペースワールドのテーマパークに変身している(図1)。駅前に降りると大きなロケットと観覧車が迎えてくれ、テーマパークとすぐ分かる。 このスペースワールド駅に近づくと炉頂に掲げられる「1901」が目に飛び込んでくる(図2)。初めての人にとっては、この大きな数字はなんであるかを理解するのは難しいかもしれない。 実は、これが国内初の本格的近代溶鉱炉となった「東田第一高炉」である。歴史的な火入れが行われたのが明治34年(1901 年)であり、1901 の数字は、その年を示す西暦の年号を意味する1)、 2)。 この高炉が、ここに決まった背景をひもとくと、次のようになる。1872年に新橋⇔横浜間で鉄道が開通し、その後、日本鉄道品川線、阪堺鉄道、伊予鉄道などが開設され、1889年には横浜から神戸まで延伸した。鉄道網が発達しはじめ、1890 年頃にはレールや機関車が必要となり、一気に「鉄」の需要がはじまった。さらに当時、日清戦争が1894 年にはじまり、軍艦の建造にむけての鉄需要は高まっていった。そのような背景があるために、1895 年2月には第8 回帝国議会で製鐵所設置建議案が可決され、国を挙げての製鉄所設立プロジェクトが開始された。 反対する農民を村長が説得して用地を確保した八幡村は、1896 年10月には製鐵所建設の内定を勝ち取ることになる。他にも色んな候補地があったものと思うが、八幡村に決定した。 決定した理由は、①製鐵所に必要不可欠な石炭の大産地の筑豊炭田に近かった こと②洞海湾に隣接し、用水が十分にあったこと③農村地帯で地価が安かったこと特定非営利活動法人 日本環境技術推進機構 横浜支部 / 青木 正光「変貌した北九州市」の取材レポート~世界の環境首都を目指す北九州市~図1 スペースワールド図2 1901